p64 「知らない女と寝てまわって得るものなんて何もない。疲れて、自分が嫌になるだけだ。そりゃ俺だって同じだよ」
「じゃあどうしてあんなに一所懸命やるんですか?」
「それを説明するのはむずかしいな。ほら、ドストエフスキーが賭博について書いたものがあったろう?あれと同じだよ。つまりさ、可能性がまわりに充ちているときに、それをやりすごして通りすぎるというのは大変にむずかしいことなんだ。それ、わかるか?」
p103
「自分がやりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのが紳士だ」
下巻
p99
「もちろん人生に対して恐怖を感じることはある。そんなのあたり前じゃないか。ただ俺はそういうのを前提条件としては認めない。自分の力を百パーセントはっきしてやれるところまでやる。欲しいものはとるし、欲しくないものはとらない。そうやって生きていく。駄目だったら駄目になったところでまた考える。不公平な社会というのは逆に考えれば能力を発揮できる社会でもある」
「身勝手な話みたいだけれど」とぼくは言った。
「でもね、俺は空を見上げて果物が落ちてくるのを待ってるわけじゃないぜ。俺は俺なりにずいぶん努力をしている。お前の十倍くらい努力してる」
「そうでしょうね」と僕は認めた。
「だからね、ときどき俺は世間を見まわして本当にうんざりするんだ。どうしてこいつらは努力というものをしないんだろう、努力もせずに不平ばかり言うんだろうってね」
僕はあきれて永沢さんの顔を眺めた。「僕の目から見れば世の中の人々はずいぶんあくせくと身を粉にして働いているような印象を受けるんですが、僕の見方は間違っているんでしょうか?」
「あれは努力じゃなくてただの労働だ」と永沢さんは簡単に言った。「俺の言う努力というのはそういうのじゃない。努力というのはもっと主体的に目的的になされるもののことだ」
「例えば就職が決まって他のみんながホッとしている時にスペイン語の勉強を始めるとか、そういうことですね?」
「そういうことだよ。俺は春までにスペイン語を完全にマスターする。英語とドイツ語とフランス語はもうできあがってるし、イタリア語もだいたいはできる。こういうのって努力なくしてできるか? 」
彼はタバコを吸い、僕は緑の父親のことを考えた。そして緑の父親はTVでスペイン語の勉強を始めようなんて思いつきもしなかったろうと思った。努力と労働の違いがどこにあるかなんて考えもしなかったろう。そんなことを考えるには彼はたぶん忙しすぎたのだ。仕事も忙しかったし、福島まで家出した娘を連れ戻しにも行かねばならなかった。
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